Pax Oceanica

海洋ガバナンスについて考えてます。特に海洋資源開発、水中考古学、深海科学探査、国際海洋法などに関心を持っています。

海の平和 Pax Oceanica

海洋文明が栄える時、世界は平和になると思う。

 

地政学とは、ナチスドイツの拡張に理論的支柱を与えたということで思想上の戦犯扱いをされ、疑似科学と称されるなど怪しげな雰囲気を纏っているが、フェルナン・ブローデルが指摘するように人間社会は地理の上に成り立っているのであって、地理と政治を一体的に考察する営みが無駄であるはずはない。帝政ロシアの伸長に危機感を覚えたマッキンダー、米国海軍戦略の礎を築いたマハン、冷戦時代の基本戦略の骨格を支えたニコラス・スパイクマンなど、20世紀以降の歴史的フレームには必ず地政学的なニュアンスが漂っている。スパイクマンは、『平和の地政学』において、「地理的な面から国の安全保障問題を考慮することが可能であり、〜このような分析は「地政学」という言葉によって言い表すことができる」と述べている。

 

シーパワーとランドパワー、これが地政学の古典的フレームワークである。海と陸。地球表面を分かつこの最も根本的な地理的区分が地政学の出発点になるのは、偶然ではない。一般に、シーパワーは国家繁栄の基礎を外部との交易に求めるので、自由貿易や外向的政策を原則とする。歴史上のシーパワーは、果たして本国は小規模な島国あるいは沿岸国だ。いずれも海軍と海運を駆使して海上の(非公式)帝国を築き、繁栄した。ランドパワーは逆に、内陸の広大な領土を支配下に収め、資源や食料生産をコントロールしながら経済を運営する。よって基本原則は強固な支配、場合によっては抑圧である。また、開かれた平原に位置するその国は常に外部の敵意に晒され(ていると感じ)、攻撃こそ最大の防御という思考回路を持ちやすい。事実、元帝国やロシア帝国は常に拡張を志向した。マッキンダーが恐れたのは、こうした抑圧的性質を持つ帝国が世界を支配したならば、被支配民は屈辱的隷属状況に置かれるだろう、ということだった。

 

思うに、世界のバランスは、シーパワーが優位に立ち、ランドパワーを牽制している時が一番保たれると思う。なぜなら、事実として、シーパワーは抑圧をしないからだ。もちろん歴史上のシーパワーが抑圧を避けてきたとは言わない。ただしランドパワーとの比較においては、演繹的にも機能的にも、海洋国の方が自由や多様性を認める傾向にあると考える。現在、中国が台頭し、アジアの海に進出している。現在の中国の領土的基盤は清帝国に求められるが、その本質は内陸国ランドパワーのそれである。ランドパワー特有の思考回路として、マラッカ海峡のチョークポイントを握られていることをもって、彼らは「アメリカに首の根を掴まれている」「いつ襲われるか分からない」という強迫観念に取り憑かれているが、アメリカの繁栄の基盤は航行の自由と透明性であって、時の感情に任せて蛇口を絞ることなどしない。トランプ政権は確かに従来に比べ不確実性が高いが、アジアの海域における行動に奇異性は見られない。つまり、結局アメリカに任せておけば良いのである。

 

私は、21世紀の地政学ランドスケープを次のように想定する。すなわち、巨大な島としてのユーラシア大陸および付属物としてのアフリカとオセアニア、そして、孤高の大陸アメリカ(平面地図でいえば、中央にユーラシア、左右の端にアメリカ大陸が見えるような構図)があり、軍事力、テクノロジー、資本、食料、エネルギーといった世界政治のパワーの源泉が、このアメリカ大陸からユーラシアを挟むように流れ込む、というイメージである。ユーラシアの沿岸には、そのアメリカの力をレシーブし、拡張するプレイヤー、すなわちイギリスと日本がいる。両国は、アメリカと歩調を合わせながら、ユーラシアの沿岸地域=リムランドに関与し、この「恩恵」を振りまいて、沿岸国を「海洋文明側」に引き止める責務を負う。

 

リムランドは、常にランドパワーとシーパワーの間で揺れ動く。中国のグランドストラテジーたる「一帯一路」は、いわばハートランドの結合とリムランドの抱き込みというパッケージである。リムランドに対してはインフラ融資を武器に影響を行使している。一帯一路に対しては、「質が低い」であるとか財政的負担を考えていない、といった批判が「海洋側」からなされる。それは事実だと思うが、それ以上に、沿岸国が「陸側」につくか「海側」につくか、決定打になるのは「政治資源へのアクセスという意味でどちらが繁栄をもたらすか」であろう。ここでは「食料、エネルギー、水といったライフライン」「資本」「イデオロギー」の3点を考える。

 まずライフラインであるが、内陸に水源を持つ河川から飲料水を獲得していたり、内陸油田・ガス田からパイプラインを引いていたり、内陸地から食料を道路輸送していれば、その沿岸国は必然的に「陸側」につかざるを得ない。ランドパワーに逆らえば、水源やパイプライン、食料輸送に障害が出る。そうなれば国家存続の危機である。逆に、これらを海から輸入していれば、内陸に気を揉むこともない。陸と海によるリムランドの陣取り合戦において、海側が勝利する一つのキーは、「海からのライフライン供給」であることが分かる。

 この前提として、「海(文字通りの海洋とアメリカ大陸)における生産」と「輸送および輸入」の二面を考察する。まずアメリカにおける生産であるが、大洋を超えた流通が確立している食料とエネルギーについて、それぞれ生産を拡大する必要がある。アメリカ大陸は農業大陸であるが、地下水問題は一つのボトルネックになる恐れがあり、注視が必要だろう。漁業のガバナンスも考える必要がある。持続可能な漁業に向けた法的枠組みや政治的連帯は必須事項となる。エネルギーについて、シェール革命と深海開発が重要だ。ここ数年の流れとしては、シェール革命による石油ガス生産量の増大が注目を集めているが、アメリカ大陸という視点でみれば、ブラジルのプレソルト開発、中米ガイアナの巨大海底油田、加速し始めたメキシコの海洋油田も無視できない。どこであれ、この「アメリカ島」におけるエネルギー生産は、いずれ大陸レベルでの自給を超え、ユーラシアへ流れ出すはずだ。事実、アメリカ産の天然ガスは欧州や日本に向けて輸出が開始されている。この話と対になるのが、陸つまりユーラシアにおける生産である。原油生産の世界シェアのうち3割が中東、1割がロシアであり、ユーラシアの存在感は大きい。サウジアラビアといった湾岸産油国はともかく、カスピ海沿岸の内陸産油国は続々と中国影響圏に入りつつある。内陸におけるエネルギー生産は、ちょうどランドパワーの心臓の如くそれに力を与えてしまう。ランドパワーの力を削ぎ海洋による封じ込めを目指す上では、アメリカ大陸および海洋でのエネルギー生産を増やし、ユーラシアのシェアを下げることが有効になるだろう。

 シェールと海洋開発がアメリカにおける生産を加速しているわけだが、こうした海洋インフラはリムランド沿岸域での生産および資源輸入にも貢献する。東南アジア諸国は浮体式石油生産設備により海洋にて原油生産を実現しているし、LNG船の派生形であるFSRU (Floating Storage and Regasification Unit)の発展も目覚ましい。従来陸からのパイプライン輸送しかオプションになかった天然ガス輸入において、迅速かつ安価なLNG輸入ソリューションを提供できるこの発明は、多くのリムランド諸国を海側に引き戻す機能を果たすだろう。また、こうした海洋事業者(Offshore Industry)は次々と新たな事業領域の開拓に挑んでおり、洋上風力発電や洋上ガス発電、果てには洋上淡水製造設備なども研究が進む。こうした事業者は、海と陸のGreat Warにおける主要な駒である。

 次に資本に目を向けると、こちらは国家レベルでの戦いとなる。一帯一路は中国による大胆な融資とセットであり、リムリンドにおけるインフラ事業においては度々日本連合とぶつかり、時に彼らが勝利を収める。海側は日米欧の資本を集約しており、投資ルールも厳格だ。それが足かせになるケースもある。とはいえ、製造業の工場進出や先に述べた海洋インフラ整備など、総合的な視点で優位性を確立することで、資本注入の機会を獲得することができるだろう。

 最後にイデオロギーである。ライフラインや資本といった生活感ある資源供給も、宗教やイデオロギーを前にすればとるに足らない問題に映ることもある。開放性や透明性を重視する海洋連合は、時に独裁的な支配者に煙たがられ、その時、彼は同様の性向をもつ陸側になびいていく。今トルコで見られる現象がこの例である。ライフラインと資本注入と並行して、思想面においてもリムランドといかに共存するかは非常に重要な課題だ。

 

このように、海洋連合(=アメリカ大陸、イギリス、欧州沿岸国、日本、オセアニア、及びlike-mindedなリムランド諸国)が政治的に連帯しながら、海洋安全保障や海洋経済開発を推進していくことが、世界平和の具体的道筋だろう。これが「海の平和 Pax Oceanica」である。

縄文海進と足尾銅山

 縄文海進と足尾銅山。時代も分野も違うこの二つの共通点の一つは、僕の故郷でもある北関東(栃木県南部、埼玉県北部)に関係しているという点だ。縄文海進とは、現在よりもだいぶ温暖だった当時の海面上昇現象を指す。海岸線は、今の東京湾から遠く北関東は埼玉県久喜市栗橋の近くまで及んでいたものとされている。足尾銅山は社会科でも勉強する明治時代の足尾銅山鉱毒事件であるが、この事件により水没することとなった谷中村は、栃木県、埼玉県、群馬県の県境付近に築かれた渡良瀬遊水地の中に遺跡としてその名残を留めている。サイクリングが好きな僕は、大学も後半になり授業が少なくなると、わざわざ東京まで出るのも億劫なので平日の昼からこの付近を走っていた。ラムサール条約にも登録されたこの美しい湿原・水郷的景観は自分の原風景となっている。

 さて、先日参加したアジア水中考古学研究会での報告によれば、最新の水中考古学トレンドは、潮間帯遺跡とのこと。これはUNESCOからの圧力?も関係しているらしいが、曰く、気候変動による海洋環境・沿海部環境の変化が世界的な主要課題として浮上する中で、考古学としても当該分野を研究するのが筋であろう、ということらしい。この話を考えていたときにパッと思い浮かんだのが、冒頭紹介した縄文海進と谷中村だった。温暖化による海面上昇、そして急激な産業化に伴う河川汚染とその結末としての「村の水没」、どちらも水と人類が共存していく過程のドラマである。無論、水中考古学の射程に入るのではないか。

 さっと調べてみると、埼玉県北部には無数の貝塚が見つかっている模様。特に利根川(当たり前だが東遷前)、荒川に当たる地域周辺には数が多いとのこと。海進時代は海底となっていたこの関東平野が今や日本有数の人口稠密地帯となっているのは、思えば不思議である。こうなると、視点は江戸時代に飛び、徳川家康の江戸(及び関東一円)開拓の偉業が絡んでくる。門井慶喜『家康、江戸を立てる』はまさにこの事業について書いているが、大変面白かった。

 谷中村は遊水池造成に際し水没したわけだが、当然前もって住民の移動は行われている。とはいえ自分と無関係な上流域での事業によって住処を替えるというのはさぞ心苦しいだろう。遊水池の湖底を調査すれば何か見つかるのだろうか。渡良瀬遊水地はハート形をしているが、上部のくびれた部分は旧谷中村遺跡を保存するために、保護を訴える住民らの声を反映して形成されたという。殖産興業の名の下で、公害も国家権力の元文字通り「覆い隠された」わけであるから、今や美しい親水公園となっている遊水池にも相当毒々しいものが潜んでいるかもしれない。

Team KUROSHIO クラウドファンディングでも話題になった海底地図マッピングが熱い!

 Team KUROSIOをご存知だろうか。JAMSTECヤマハ発動機KDDIなどの技術者が中心となって構成するチームで、アメリカのX Prize財団が主催する海底地図マッピングレースに参加し、見事決勝まで勝ち進んでいる。

https://team-kuroshio.jp

(参加団体は以下、出典はリンク先公式HP)

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 ちなみにこのレース、メインスポンサーはかのオイルメジャー、ロイヤル・ダッチ・シェル社であり、レースタイトルはShell Ocean Discoveryとのこと。

Ocean Discovery XPRIZE

 (デザインが無駄にカッコいい。。。)f:id:Schoolboy:20180922215312p:plain

 今や世界の原油生産のうち3割強は海洋油田からの生産であり、全体の1割近くがいわゆる「深海」油田だ。深海の定義は様々だが、現在、世界で最も深い油田は約水深3000Mと言われている。メキシコ湾でシェル社がオペレーターを務めるStones油田がそれである。FPSOと呼ばれる原油タンカーを改造した浮体式原油生産設備を、Turretと呼ばれる係留設備を用いて洋上に固定し、長期(大きな油田であれば20年近く)に渡り生産を継続する。

 

youtu.be

海底油田開発に必要な設備には大きく分けて二種類ある。一つは先ほど紹介したFPSOに代表される洋上生産設備、もう一つは海底に設置される油田コントロールシステムであり、一般にSubsea systemsと呼ばれる。このsubsea工事を実施するにあたっては、当然人間のダイバーが潜れる深さではないので、AUV (Autonomous Underwater Vehicle)が用いられるわけだが、今回KUROSHIOがレースに使用しているのも、まさにこのAUVだ。4000Mという超深海での高速マッピングという高難易度作業に挑戦することで、AUV分野でのイノベーションが大いに期待されるところである。

https://www.oceaneering.com/survey-and-mapping/geoscience-and-auv-surveys/

youtu.be

 

また、海底の「マッピング」という点もポイントだ。これは石油開発に留まらず、海底科学探査、水中考古学、海洋環境調査等、多方面で需要のあるテクノロジーである。某企業の社長が月旅行をするということで話題になっているが、今や、月や火星の表面の方がよっぽど詳しく見えている。深海底は光や電波の届かない究極の暗闇であり、まさに、現代最高級のフロンティアと呼ぶに相応しい。

海洋ガバナンスの奥深さ

 人類の歴史を見ると、社会制度や政治制度の根源には地理がありそうです。肥沃な穀倉地帯と寒冷な荒野では、成立する社会・政治制度はおよそ似たものにはなりません。とはいえ19世紀以降の「グローバル化」の中で、欧米的な国民国家システム・主権国家システムが地球を覆うことになり、現代に至ります。いわば、地理的な差異を無視あるいは克服せんかのごとく、画一的なシステムが各地に移植されていきました。

 その画一的統治システムは、いわゆる三権分立で説明される、立法・行政・司法からなる複合システムです。立法あるいは議会のあり方については、いわゆる純粋なデモクラシーから権威主義的なものまで国によって幅がありますが、こうした主要要素は大凡どこの国でも見られるでしょう。このシステムに覆われた領域内においては、何事も整然と、粛々と、定められた手続きを踏むことで決定されます。警察権力により犯罪は抑止され、また起きた際には司法が裁きます。国内立法が未熟な一部の国を除けば、グレーゾーンの余地は限りなく少ないでしょう。

 しかしながら、この厳密な統治も、結局は陸の上だからできること。「足が付く」という表現がありますが、まさに人間が根を下ろし、足跡を残しながら活動するからこそ、統治機構は国民をコントロールできるのです。翻って海はどうか。国連海洋法条約は領海や排他的経済水域、公海等について大まかなガイドラインを示していますが、海洋での活動を網羅的に制御できるほどの厳密さはありません。

 海は巨大な空間です。かつ、水面下は深いところでは深度1万メートルに達する、暗く謎に包まれた膨大な空間を湛えています。さらに、海流、波、風の影響で、浮遊物は一点に止まることなく漂います。

 広さは統治の敵です。管理システムへの莫大な投資を要するからです。アレクサンドロス大王の大帝国も、フビライ元帝国も、広さに起因する統治コストに押しつぶされたと言えるのではないでしょうか。また対象の全貌が把握できないというのは、統治者にとっては不都合なことです。アフリカ大陸に進出した大英帝国はリビングストンといった探検家を送り調査させました。統治の前触れに探検があるのは、何も偶然ではないでしょう。また「動いてしまう」というのは、海洋空間の一番の特徴だと思いますが、そもそも人間の活動を制限します。1年近く海を駆ける漁師もいますが、大半の人間にできることではありません。この「茫漠性」「不可視性」「浮遊性」といった海洋環境の特徴により、(沿岸国に近接する領海内であればまだしも)海洋空間を「陸の上」の発想で統治することは難しいと言えるでしょう。そこで登場するのが「ガバナンス」という視点です。

 ガバナンス、というのは定義が難しそうです。私は今の所、簡便な理解として、「垂直方向の統治制度」であるガバメントの対置概念として、「水平方向の協調制度」をガバナンスと捉えることとしています。ガバナンスは、まさしく海洋環境と親和性が高い。海には様々なプレイヤーがいます。海軍軍人、漁師、学者(生物学者、地質学者、気候学者、考古学者等)、環境NGO、石油掘削員、ヨット乗り、などです。国籍もイデオロギーも活動の動機もてんでバラバラです。「陸」であれば、デモクラシーや各種の意見表出制度、紛争解決制度等を介して、こうした多様性すら「統治」の対象になります。海はそうではない。「お上」が存在しない領域における協調制度の構築は、「陸」の政府間合意である国際法を基軸としつつ、企業、NGO、研究機関等が情報共有、活動基準の策定、協調テーマの議論と実行等において、緩やかに連帯しながら進める他ありません。本ブログは、こうした海洋ガバナンスを主題として、

  • Power Relations: 海の力学(安全保障)
  • Legal Framework: 海の秩序(国際法・その他法制度)
  • Exploration: 海の研究(水中考古学、海底科学探査)
  • Exploitation: 海の開発(海洋資源開発)
  • Sustainability: 海の保全(海洋環境)

という5本柱を中心に考察して行きたいと思います。なお私の本業は海洋資源なので、そちらが多くなる可能性もあります。

 

よろしくどうぞ。