The Offshore Connotations

ライフワークである海洋開発についてのメモ

海洋ガバナンスの奥深さ

 人類の歴史を見ると、社会制度や政治制度の根源には地理がありそうです。肥沃な穀倉地帯と寒冷な荒野では、成立する社会・政治制度はおよそ似たものにはなりません。とはいえ19世紀以降の「グローバル化」の中で、欧米的な国民国家システム・主権国家システムが地球を覆うことになり、現代に至ります。いわば、地理的な差異を無視あるいは克服せんかのごとく、画一的なシステムが各地に移植されていきました。

 その画一的統治システムは、いわゆる三権分立で説明される、立法・行政・司法からなる複合システムです。立法あるいは議会のあり方については、いわゆる純粋なデモクラシーから権威主義的なものまで国によって幅がありますが、こうした主要要素は大凡どこの国でも見られるでしょう。このシステムに覆われた領域内においては、何事も整然と、粛々と、定められた手続きを踏むことで決定されます。警察権力により犯罪は抑止され、また起きた際には司法が裁きます。国内立法が未熟な一部の国を除けば、グレーゾーンの余地は限りなく少ないでしょう。

 しかしながら、この厳密な統治も、結局は陸の上だからできること。「足が付く」という表現がありますが、まさに人間が根を下ろし、足跡を残しながら活動するからこそ、統治機構は国民をコントロールできるのです。翻って海はどうか。国連海洋法条約は領海や排他的経済水域、公海等について大まかなガイドラインを示していますが、海洋での活動を網羅的に制御できるほどの厳密さはありません。

 海は巨大な空間です。かつ、水面下は深いところでは深度1万メートルに達する、暗く謎に包まれた膨大な空間を湛えています。さらに、海流、波、風の影響で、浮遊物は一点に止まることなく漂います。

 広さは統治の敵です。管理システムへの莫大な投資を要するからです。アレクサンドロス大王の大帝国も、フビライ元帝国も、広さに起因する統治コストに押しつぶされたと言えるのではないでしょうか。また対象の全貌が把握できないというのは、統治者にとっては不都合なことです。アフリカ大陸に進出した大英帝国はリビングストンといった探検家を送り調査させました。統治の前触れに探検があるのは、何も偶然ではないでしょう。また「動いてしまう」というのは、海洋空間の一番の特徴だと思いますが、そもそも人間の活動を制限します。1年近く海を駆ける漁師もいますが、大半の人間にできることではありません。この「茫漠性」「不可視性」「浮遊性」といった海洋環境の特徴により、(沿岸国に近接する領海内であればまだしも)海洋空間を「陸の上」の発想で統治することは難しいと言えるでしょう。そこで登場するのが「ガバナンス」という視点です。

 ガバナンス、というのは定義が難しそうです。私は今の所、簡便な理解として、「垂直方向の統治制度」であるガバメントの対置概念として、「水平方向の協調制度」をガバナンスと捉えることとしています。ガバナンスは、まさしく海洋環境と親和性が高い。海には様々なプレイヤーがいます。海軍軍人、漁師、学者(生物学者、地質学者、気候学者、考古学者等)、環境NGO、石油掘削員、ヨット乗り、などです。国籍もイデオロギーも活動の動機もてんでバラバラです。「陸」であれば、デモクラシーや各種の意見表出制度、紛争解決制度等を介して、こうした多様性すら「統治」の対象になります。海はそうではない。「お上」が存在しない領域における協調制度の構築は、「陸」の政府間合意である国際法を基軸としつつ、企業、NGO、研究機関等が情報共有、活動基準の策定、協調テーマの議論と実行等において、緩やかに連帯しながら進める他ありません。本ブログは、こうした海洋ガバナンスを主題として、

  • Power Relations: 海の力学(安全保障)
  • Legal Framework: 海の秩序(国際法・その他法制度)
  • Exploration: 海の研究(水中考古学、海底科学探査)
  • Exploitation: 海の開発(海洋資源開発)
  • Sustainability: 海の保全(海洋環境)

という5本柱を中心に考察して行きたいと思います。なお私の本業は海洋資源なので、そちらが多くなる可能性もあります。

 

よろしくどうぞ。